正解を追い求める生きづらさ

「この答えで当たっているかな」

心の中のそんなつぶやき。
それが大切な時もあれば、意味がないどころか自分を苦しめる元となる時もあります。

人生の正解なんて分からない

年末に古くからの友人とゆっくりと会う時間がとれました。
高校時代からの付き合いの彼女とは共有する思い出もたくさん。
20代の頃にはお互いに多くの恋をしては傷つき、幸せな人生の答えを探していたことを思い出しました。

現在の彼女は結婚をしてかわいい娘さんを育てています。
現在の私は独身で30歳になった時に取得した資格を使って仕事に励んでいます。

これは過去の数々の決断の結果です。
現時点では全く違った答えを導き出している私達。
結局「これで良かったのかは分からないよねぇ」と答えが正解かどうかは分からずにいます。

人生の正解は他人に決められるものではない

「新卒で入社した一つの会社に定年までずっと勤め続けること」
これは正解なのでしょうか。
自分に適した仕事ができること、協力し合える人間関係があること、会社が成長し続けること、などいくつかの条件のもとでは正解なのかもしれません。
でも、感じ方や考え方は人それぞれで、同じ会社であってもある人にとっては働きやすく、ある人にとっては苦痛でしかないということも多くあります。

そもそも自分にとっての正解が、他人にとっても正解かというと、そうではないんですよね。
だから、他人の人生の一端だけを見て「間違っている」と批判できるものではありません。

小さな花から咲かせよう

他人を思いやる時、相手に届く言葉を選ぶ時、「これで大丈夫かな」と自分が発する言葉を再確認することは大切です。
だけど自分自身の人生、何が正解かなんて誰にも分からないのだから、必要以上に思い悩み臆病にならずに、我が道を進んでみてはどうでしょう。

「これが正解」という大きな答えを自分自身で創り出し、それに縛られてしまうことで生きにくさを感じている人もいます。

正解か間違っているかにとらわれず、まずは自分のやりたいことをやってみる。
大きく咲く綺麗な花もありますが、小さなお花がたくさん咲いている光景もまた人を惹きつけるものです。
小さくてもいいからまずは花を咲かせてみませんか。
自分のやりたいことをスモールステップでやっていくことが、「これで良かった」と思える人生の道しるべになってくれるはず。

我が家のベランダに植えたビオラ。
買ってきた当初はほんの数個のお花しか咲いていませんでしたが、今はこんなにたくさん咲き誇っています。
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